「『了解しました』は目上の人に使ってはいけない」「正しくは『承知しました』を使うべき」──。新入社員研修やビジネスマナー本でこう教わった方も多いのではないでしょうか。
しかし、この「マナー」には意外な真実が隠されています。国語辞典の編纂者は「了解いたしましたは失礼ではない」と明言しており、言語学的な根拠も乏しいことが分かっています。
この記事では、「了解しました」が本当に失礼なのか、このマナーがどのように生まれたのかを検証していきます。
国語辞典編纂者の見解
「了解しました」問題について、専門家はどう考えているのでしょうか。
三省堂国語辞典の編集委員である飯間浩明氏は、この問題について明確な見解を示しています。
「承知しました」や「かしこまりました」は「分かった」に丁寧と謙譲の意味が加わった表現の例です。一方、「了解」は「わかる」の漢語表現に過ぎず特に敬意はありません。しかしながら丁寧かつへりくだった「いたしました」をつけて「了解いたしました」といえば、何ら失礼ではなく、敬語として十分です。
飯間浩明氏(三省堂国語辞典編集委員)
つまり、「了解」という言葉自体には敬意は含まれていませんが、「いたしました」をつければ立派な敬語になるということです。「了解しました」は丁寧語、「了解いたしました」は謙譲語として機能します。
飯間氏はさらに、こうも述べています。
主張はごくシンプルで、「『了解いたしました』を相手が使っても怒らないであげて」ということです。
飯間浩明氏
国語辞典を編纂する専門家が「失礼ではない」と断言しているのです。
「了解=失礼」説はいつ生まれたのか
では、「了解しましたは失礼」というマナーは、いつ頃から言われ始めたのでしょうか。
株式会社LIGの菊池良氏が、ビジネスマナー本を数十冊調査した結果、興味深い事実が判明しました。
1980〜2000年代前半:「了解」は問題なし
1980年から2010年頃までのビジネスマナー本を40冊ほど確認したところ、「了解」を不適切としているものは見当たらなかったそうです。
たとえば、2004年出版の『ビジネス敬語お決まりフレーズ』(田中千恵子著)では、「承知いたしました」の言い換え例として「了解いたしました」が挙げられており、「了解」が失礼だという注釈は一切ありません。
2007年:「感じがいい」から始まった
転機となったのは2007年。神垣あゆみ氏の著書『仕事で差がつくできるメール術』に、こんな記述がありました。
(「了解しました」という言い回しに対して)これでいいのかしら、という気がしていました。あるとき「承知しました」という表現を聞いて、感じがいいなと思い、それから真似するようになりました。
『仕事で差がつくできるメール術』(2007年)より要約
つまり、最初は「失礼かどうか」ではなく、「感じがいいかどうか」という個人的な印象から始まったのです。
2009年:「失礼」へとエスカレート
2009年、神垣氏の別の著書『メールは1分で返しなさい』では、「了解しました」は「敬意が含まれていないからNG」と明記されるようになりました。この本が参考文献として引用され、他のマナー本でも「了解は不適切」とする記述が広まっていきます。
2011年〜:インターネットで拡散
2011年頃からは、Webメディアやブログで「了解しましたは失礼」という記事が多数公開されるようになりました。この種の記事はPV(閲覧数)を集めやすいため、次々とコピーされ、いつしか「常識」として定着してしまったのです。
「了解=失礼」という説は、言語学的な根拠に基づいたものではなく、一人のマナー講師の「感じがいい」という個人的印象が出発点だったことが分かっています。
辞書で確認する「了解」と「承知」の意味
「了解」と「承知」、それぞれの言葉を辞書で確認してみましょう。
「了解」の意味
広辞苑では、「了解」を次のように定義しています。
- 物事の内容や事情を理解して承認すること
- 了承
「理解して承認する」という意味であり、「目上から目下への許可」という意味は含まれていません。
「承知」の意味
同じく広辞苑では、「承知」を次のように定義しています。
- 聞き入れること
- 承諾
「承」という漢字が入っているから謙譲語だ、という説明を見かけることがありますが、これは誤りです。「参る」は謙譲語ですが、「参加」は謙譲語ではないのと同じで、漢字一字の意味から単語全体の敬語レベルを判断することはできません。
「了解」も「承知」も、どちらも敬語ではありません。どちらも「いたしました」をつければ謙譲語になり、「しました」をつければ丁寧語になります。言葉自体に上下関係の差はないのです。
よくある誤解を検証する
「了解=失礼」説には、いくつかの「理由」が挙げられることがあります。それらを検証してみましょう。
誤解①「了解」は許可を与える言葉だから失礼?
「了」は「終わらせる」、「解」は「理解する」。だから「了解」は「話を理解して終わらせる」という意味で、終わらせる権限は目上にあるから失礼──。
2018年のテレビ番組でこのような解説がされましたが、これは漢字の意味を恣意的に解釈した後付けの理屈です。
そもそも「了」には「わかる・理解する」という意味があり、「了解」は「理解する」という意味の類似動詞を重ねた言葉です。仮に「了=終わらせる」「解=理解する」だとしても、「すっかり理解しました」と考えるほうが自然でしょう。
誤解②「上司の了解を得る」とは言うが「上司の承知を得る」とは言わない?
実は、「上司の了解を得る」という表現は普通に使われています。この場合、上司は「了解する」側です。
もし「了解」が目上から目下への許可を与える言葉なら、「上司の了解を得る」という表現自体がおかしいことになりますが、誰もそんな指摘はしません。
誤解③ 軍隊では「了解」を上官に使わない?
「了解しましたは軍事用語で、上官には使わない」という説もありますが、これも正確ではありません。実際には、自衛隊でも上官に対して「了解しました」と言うことは普通にあるそうです。
「偽マナー」はなぜ広まるのか
根拠の乏しいマナーがなぜここまで広まってしまったのでしょうか。いくつかの理由が考えられます。
- 不安を煽りやすい:「あなたが使っているその言葉、実は失礼かも」という切り口は、読者の不安を煽りやすく、記事のPVを稼ぎやすい
- 検証されにくい:「失礼だと思う人がいるかもしれない」という曖昧な根拠は、明確に否定しにくい
- 広まると事実になる:十分に広まると、「実際に失礼だと思う人がいる」という状況が生まれ、マナーとして機能してしまう
ゲーム作家の米光一成氏は、この現象を「偽マナー」と呼び、次のように批判しています。
「偽マナー」は、脅しだ。「今まで使ってる言葉では、人間関係を壊しますよ、この偽マナーを習得しないと!」品がない。やめましょうよ、そんなの。
米光一成「『了解/承知』どっちが正しいとか愚問だからもうやめませんか」
結局どうすればいい?
ここまで読んで、「じゃあ結局どうすればいいの?」と思った方も多いでしょう。現実的な対応を整理します。
無難に済ませたいなら「承知いたしました」
言語学的には「了解いたしました」でも問題ありませんが、「失礼だ」と思い込んでいる人が一定数いるのも事実です。余計な軋轢を避けたいなら、「承知いたしました」「かしこまりました」を使っておくのが無難でしょう。
「了解いたしました」も正しい敬語
「いたしました」をつければ謙譲語として十分に機能します。相手が使っても、失礼だと怒る必要はありません。
「了解です」「りょ」はカジュアル
「了解です」や「りょ」はカジュアルな表現なので、親しい間柄以外では避けたほうがよいでしょう。これは「了解」が失礼だからではなく、単にくだけた表現だからです。
「承知」のほうがフォーマルな響きがあるのは事実です。重要な取引先への正式な返答など、特にかしこまった場面では「承知いたしました」を使うのもよいでしょう。ただし、それは「了解が失礼だから」ではなく、「より丁寧に聞こえるから」という理由です。
まとめ
「了解しましたは失礼」というマナーは、2007年頃に一人のマナー講師の「感じがいい」という個人的印象から始まり、その後インターネットで拡散されて「常識」になったものです。
国語辞典の編纂者は「了解いたしましたは失礼ではない」と明言しており、辞書の定義を見ても「了解」と「承知」に敬語としての差はありません。
とはいえ、このマナーを信じている人が一定数いる以上、ビジネスシーンでは「承知いたしました」を使っておくのが無難かもしれません。ただ、もし相手が「了解いたしました」と言ってきても、怒ったり指摘したりする必要はないでしょう。
言葉のマナーは、相手を思いやる気持ちが本質です。形式的なルールに縛られすぎず、相手に敬意を持って接することが何より大切ではないでしょうか。
よくある質問
「了解しました」と「承知しました」、どちらが正しい敬語ですか?
どちらも「しました」がついた丁寧語であり、敬語として正しい表現です。「了解いたしました」「承知いたしました」のように「いたしました」をつければ謙譲語になります。言語学的には、どちらを目上に使っても問題ありません。
「了解」と「承知」の意味の違いは何ですか?
「了解」は「理解して承認すること」、「承知」は「事情を知ること、聞き入れること」という意味です。「了解」のほうが「しっかり理解した」というニュアンスが強く、「承知」は「依頼を引き受けた」というニュアンスが強い傾向があります。
「かしこまりました」との違いは?
「かしこまりました」は「つつしんでお受けします」という意味で、最も丁寧な表現です。接客業など、相手に特に敬意を示したい場面でよく使われます。「了解」「承知」よりもへりくだったニュアンスがあります。