太陰太陽暦
たいいんたいようれき
目次
  1. 「太陰太陽暦」の意味
  2. 読み方・表記
  3. 使い方と例文
  4. 語源・由来
  5. 類語・関連語
  6. よくある質問
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かんたんに言うと

「太陰太陽暦」(たいいんたいようれき)は、月の満ち欠けで日付を数えつつ、太陽の運行に合わせて閏月を入れることで季節とのずれを調整する暦のことです。日本の旧暦はこの太陰太陽暦にあたります。

「太陰太陽暦」の意味

「太陰太陽暦」は、太陰暦(月の満ち欠け基準)と太陽暦(太陽の運行基準)の2つの要素を組み合わせた暦法です。

1. 基本の仕組み

1か月は月の満ち欠けの周期(朔望月=約29.5日)に基づきます。29日の「小の月」と30日の「大の月」を交互に置き、12か月で1年とすると約354日になります。これだけでは太陽暦の約365日と毎年約11日ずれるため、約3年に1回、閏月を入れて1年を13か月にし、ずれを修正します。

2. 閏月の決め方

日本や中国の太陰太陽暦では、二十四節気を用いて閏月の位置を決めていました。二十四節気のうち「中気」を含まない月を閏月とする方法が採られ、暦と季節の対応を保っていました。19年間に7回の閏月を入れると太陽暦とほぼ一致するという「19年7閏」の法則(メトン周期)が知られています。

読み方・表記

「太陰太陽暦」の読み方は「たいいんたいようれき」です。

「太陰」は月、「太陽」は太陽を意味し、両方の天体を暦の基準にしていることを表す名称です。「太陽太陰暦」と語順を入れ替えて呼ばれることもあります。英語では “lunisolar calendar” と言います。

日本では「旧暦」「陰暦」とも呼ばれますが、「太陰太陽暦」が最も正確な名称です。

使い方と例文

「太陰太陽暦」を使った例文
  • 日本では明治5年まで太陰太陽暦が公式の暦として使われていた。
  • 太陰太陽暦の閏月は、二十四節気をもとに挿入する月が決められていた。
  • ユダヤ暦も太陰太陽暦の一種であり、現在もイスラエルの公式暦として使われている。
  • 古代中国では太陰太陽暦の編纂が皇帝の権威の象徴とされた。

語源・由来

「太陰太陽暦」は「太陰」(月)と「太陽」(太陽)と「暦」(カレンダー)を組み合わせた漢語です。月と太陽の両方を取り入れた暦であることが名称に直接表れています。

太陰太陽暦の歴史は古く、紀元前2000年頃のバビロニアで既に使われていたとされます。当初は経験的に閏月を挿入していましたが、やがて19年に7回の閏月を入れる「メトン周期」の原理が発見され、精度が向上しました。この原理は古代ギリシャと古代中国でそれぞれ独立に発見されたと考えられています。

中国から日本に暦法が伝わったのは飛鳥時代とされ、以後約1200年にわたって太陰太陽暦が使われ続けました。

類語・関連語

よくある質問

Q
太陰太陽暦の「19年7閏」とはどういう意味ですか?
A
19太陽年(約6939.6日)と235朔望月(約6939.7日)がほぼ等しいことを利用した法則です。19年のうち7回、閏月を入れて1年を13か月にすると、暦と季節のずれがほぼ解消されます。「メトン周期」とも呼ばれます。
Q
日本で最後に使われた太陰太陽暦は何ですか?
A
天保暦です。天保15年(1844年)に施行され、明治5年(1872年)にグレゴリオ暦に改暦されるまで約28年間使われました。
Q
現在も太陰太陽暦を使っている国はありますか?
A
公式暦としてはユダヤ暦(イスラエル)が太陰太陽暦です。また、中国・韓国・ベトナムなどでは旧正月や伝統行事の日取りに太陰太陽暦が現在も使われています。
佐藤文哉
この記事の監修者 佐藤文哉 編集長 / ライター歴15年