オリンピックのメダルといえば、金・銀・銅。1位が金、2位が銀、3位が銅という序列は、スポーツに限らず「金賞・銀賞・銅賞」のように日常でも広く使われています。
しかし、なぜこの3つの金属が選ばれたのでしょうか。そして、なぜこの順番なのでしょうか。実は、その背景には数千年にわたる人類と金属の関わりが隠れています。さらに「銅メダル」を英語に訳すとcopper(銅) medalではなくbronze(青銅) medalになるという、言葉の面白い事情もあります。
この記事では、メダルの順番の由来から、金属にまつわる言葉の雑学まで幅広く紹介します。
最初のオリンピックに「金メダル」はなかった
意外に思われるかもしれませんが、近代オリンピック第1回大会(1896年・アテネ)では、金メダルは存在しませんでした。優勝者に贈られたのは銀メダルとオリーブの枝、準優勝者には銅メダルが贈られ、3位の選手にはメダルではなく賞状が渡されるにとどまりました。
当時、純金のメダルを作ることは開催国にとって大きな経済的負担でした。現在のような金・銀・銅の3種類のメダルが定着したのは、第3回大会(1904年・セントルイス)からのことです。
現在の「金メダル」も純金製ではありません。IOC(国際オリンピック委員会)の規定では、金メダルは純度92.5%以上の銀を基材とし、表面に最低6gの純金でメッキを施したものと定められています。純金のメダルが使われていたのは1912年のストックホルム大会までです。
なぜ「金・銀・銅」が選ばれたのか
地球上には80種類以上の金属元素が存在しますが、古代から人類になじみ深い金属は限られていました。金・銀・銅はいずれも自然界に純粋な状態(自然金・自然銀・自然銅)で存在するため、製錬技術がなかった時代から人類が手にすることができた、数少ない金属です。
この3つが他の金属より特別視されてきた理由は、大きく4つあります。
1. 希少性の違いがはっきりしている
地殻中の存在量(クラーク数)を比べると、金・銀・銅の希少性には明確な差があります。
| 金属 | 地殻中の存在量 | 比較 |
|---|---|---|
| 金(Au) | 約0.0011ppm | 最も希少 |
| 銀(Ag) | 約0.07ppm | 金の約60倍 |
| 銅(Cu) | 約55ppm | 金の約50,000倍 |
参考までに、鉄は約41,000ppm、アルミニウムは約82,000ppmです。金・銀・銅は他の実用金属と比べて圧倒的に少なく、だからこそ「貴い金属」として珍重されてきました。
2. 美しい色と輝きを持つ
多くの金属は灰色やシルバーの色調をしていますが、色のついた金属は金と銅だけです。金は独特の黄金色、銅は赤みのある暖色を持ちます。銀はすべての金属の中で可視光の反射率が最も高く、一般に「金属光沢」と呼ばれる銀色の輝きそのものです。
この3つの金属は、色と輝きにおいて他の金属とは一線を画す個性を持っています。
3. 加工しやすい
金・銀・銅はいずれも面心立方格子という結晶構造を持ち、展性・延性に優れています。つまり、叩いて薄く伸ばしたり、引っ張って細い糸にしたりしやすい金属です。融点も約1,000℃前後で、古代の鋳造技術でも十分に加工できました。
4. 周期表で同じ「家族」に属する
化学の周期表を見ると、金(Au)・銀(Ag)・銅(Cu)はいずれも第11族元素に属しています。「貨幣金属(coinage metal)」とも呼ばれるこのグループは、腐食しにくく、電気や熱をよく通し、美しい光沢を持つという共通の性質があります。古来、貨幣や装飾品に使われてきたのは、こうした化学的な共通性があってこそです。
つまり、「金・銀・銅」の序列は人間が恣意的に決めたものではなく、希少性という自然界の事実に裏付けられたものと言えるでしょう。
ギリシャ神話にも「金・銀・銅」の序列がある
金・銀・銅の価値序列がいつ頃から定着したのかを探ると、古代ギリシャの詩人ヘシオドスにたどり着きます。紀元前700年頃に書かれた叙事詩『仕事と日』には、人類の歴史を5つの時代に分ける「五時代説」が登場します。
- 黄金の時代 ── 神々と共に暮らし、争いも労働もない楽園の時代
- 白銀の時代 ── 四季が生まれ農耕が必要になったが、心はまだ清い時代
- 青銅の時代 ── 人々が青銅の武器を持ち、争いに明け暮れた時代
- 英雄の時代 ── ヘラクレスなど半神半人の英雄が活躍した時代
- 鉄の時代 ── 労苦と不信に満ちた、ヘシオドス自身が生きる現在
ヘシオドスの世界観では、人類の歴史は黄金→白銀→青銅と「退化」していくものとして描かれています。金が最も優れた時代の象徴であり、銀、銅と下っていくこの序列は、後の文化に大きな影響を与えました。
ローマの詩人オウィディウスも『変身物語』で同様の時代区分を描いていますが、こちらは英雄の時代を省いた「黄金・白銀・青銅・鉄」の4時代です。
日本語の「こがね・しろがね・あかがね」
日本語にも、金属の色に着目した古い呼び名が残っています。
- こがね(黄金)= 金
- しろがね(白金)= 銀
- あかがね(赤金)= 銅
- くろがね(黒金)= 鉄
- あおがね(青金)= 鉛または錫
これら5種類の金属は「五金」と呼ばれ、五行思想(木・火・土・金・水)に対応する形で古くから日本でも体系化されていました。
注目すべきは、すべての名前に「がね(金)」が含まれている点です。中国最古の字書『説文解字』には「金は五色の金属のことである。黄色のものを最高とする」と記されており、もともと「金」の字は金属全般の総称でした。やがて最も貴い黄金(gold)だけが「金」の代名詞となり、他の金属には「銀」「銅」「鉄」などの個別の漢字が作られていったのです。
「銀」も「銅」も金へんがつくのは、「金より良い」「金と同じ」という意味ではなく、金へんが「金属」を表す部首だからです。右側の「艮」「同」はそれぞれ音(おん)を示す要素にすぎません。
「銅メダル」を英語で言うと?── copperとbronzeの違い
ここからは、メダルにまつわる言葉のトリビアです。
「金メダル」はgold medal、「銀メダル」はsilver medal。ではなぜ「銅メダル」はcopper medalではなくbronze medalなのでしょうか?
実は、英語ではcopper(銅)とbronze(青銅)を明確に区別しています。copperは純粋な銅を指し、bronzeは銅と錫(すず)の合金である青銅を指します。オリンピックの3位メダルは純銅ではなく青銅や丹銅(銅と亜鉛の合金)で作られているため、英語では素材に忠実にbronze medalと呼ぶのです。
一方、日本語では銅でも青銅でも区別なく「銅」と言います。「銅像」も実際にはブロンズ(青銅)製ですが、日本語では「銅像」です。この「銅」の守備範囲の広さが、日本語と英語のズレを生んでいるのです。
- copper = 銅(純粋な金属元素としての銅)。銅線はcopper wire
- bronze = 青銅(銅と錫の合金)。銅メダルはbronze medal、銅像はbronze statue
純銅は非常に柔らかく、そのままではメダルや彫刻に向きません。錫を混ぜて青銅にすることで硬度が上がり、腐食にも強くなるため、古くからメダルや彫像の素材として使われてきました。英語の方が「実際に何でできているか」に忠実な表現と言えるかもしれません。
メダルは何でできている?── IOCの規定と東京2020の挑戦
現在のオリンピックメダルの素材には、IOCの規定があります。
| メダル | IOC規定 | 東京2020の実例 |
|---|---|---|
| 金メダル | 純度92.5%以上の銀に、6g以上の純金メッキ | 銀地に純金メッキ(約556g) |
| 銀メダル | 純度92.5%以上の銀 | 純度99.9%の純銀(約550g) |
| 銅メダル | 青銅または丹銅 | 丹銅製(約450g) |
東京2020大会では、全メダルが使用済み携帯電話やパソコンなどの小型家電から回収されたリサイクル金属で作られました。「都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト」として全国から小型家電を回収し、金約32kg、銀約3,500kg、銅約2,200kgを抽出。オリンピック史上初めて、メダルの金属すべてを市民からのリサイクルで賄った大会となりました。
メダルにまつわるエピソード
最後に、メダルにまつわる言葉と歴史のエピソードを紹介します。
「友情のメダル」── 1936年ベルリン大会
棒高跳びで銀メダルの西田修平と銅メダルの大江季雄は、帰国後にそれぞれのメダルを半分に切り、銀と銅を繋ぎ合わせた「友情のメダル」を作りました。順位よりも友情を重んじたこのエピソードは、メダルの価値が金属の希少性だけでは測れないことを教えてくれます。
初期のメダルは手のひらサイズだった
第1回アテネ大会のメダルは直径約48.9mm、重さ約68g。現在のIOC規定(直径70〜120mm、重さ500〜800g)と比べるとかなり小さなものでした。メダルの大きさは、大会の規模とともに大きくなっていったのです。