目次
  1. 「辺境伯」の意味と使い方
  2. 「選帝侯」の意味と使い方
  3. 語源・由来
  4. 7選帝侯の顔ぶれ
  5. ファンタジー作品での人気
  6. よくある質問
結論

「辺境伯」は国境防衛を任された領主の称号(爵位の一種)で、「選帝侯」は神聖ローマ皇帝を選ぶ権利を持つ有力諸侯の称号(政治的特権)です。辺境伯は「どこを治めるか」を示し、選帝侯は「皇帝選挙権を持つか」を示します。両方を兼ねた例もあり、ブランデンブルク辺境伯は選帝侯でもありました。

辺境伯

へんきょうはく
国境防衛を担う領主
爵位の一種(侯爵相当)

選帝侯

せんていこう
皇帝を選ぶ権利を持つ諸侯
政治的特権を示す称号
項目 辺境伯 選帝侯
ドイツ語 Markgraf(マルクグラーフ) Kurfürst(クアフュルスト)
性質 爵位・官職 政治的特権
役割 国境地帯の防衛・統治 神聖ローマ皇帝の選出
人数 複数(時代により変動) 7人(金印勅書で確定)
爵位序列 侯爵相当(伯爵より上) 爵位ではない
代表例 ブランデンブルク辺境伯
オーストリア辺境伯
マインツ大司教
ザクセン公

「辺境伯」の意味と使い方

「辺境伯」は、中世ヨーロッパにおいて国境地帯の防衛を任された領主の称号です。ドイツ語で「Markgraf(マルクグラーフ)」といい、「Mark(辺境)」と「Graf(伯爵)」を組み合わせた言葉です。

フランク王国時代、異民族と接する危険な国境地帯には特別な軍事指揮権が必要でした。そこで通常の伯爵(Graf)よりも大きな権限を持つ「辺境伯」が置かれました。彼らには軍事指揮権・裁判権・徴税権など、公爵に匹敵する権限が与えられていました。

名前に「伯」とありますが、実際の地位は一般の伯爵より高く、侯爵相当とされることが多いです。英語・フランス語のMarquisは辺境伯と同語源で、日本語では「侯爵」と訳されます。

「辺境伯」を使った例文
  • ブランデンブルク辺境伯は後にプロイセン王国の礎となった。
  • オーストリア辺境伯領はハプスブルク家の本拠地へと発展した。
  • ファンタジー小説で辺境伯が人気の役職として登場する。

「選帝侯」の意味と使い方

「選帝侯」は、神聖ローマ皇帝を選挙する権利を持つ有力諸侯の称号です。ドイツ語で「Kurfürst(クアフュルスト)」といい、「Kur(選定)」と「Fürst(諸侯)」を組み合わせた言葉です。

1356年、皇帝カール4世が発布した「金印勅書」により、7人の選帝侯が正式に定められました。選帝侯には皇帝選挙権のほか、裁判権・貨幣鋳造権・関税徴収権など大幅な自治権が認められ、事実上の独立国家のような地位を持っていました。

選帝侯は爵位そのものではなく、「皇帝を選ぶ権利を持つ」という政治的特権を示す称号です。そのため、大司教・公爵・辺境伯など、様々な爵位の持ち主が選帝侯を兼ねていました。

「選帝侯」を使った例文
  • 金印勅書により7人の選帝侯が確定した。
  • ベートーヴェンはケルン大司教でもある選帝侯に曲を献呈した。
  • 選帝侯たちの多数決で神聖ローマ皇帝が選出された。

語源・由来

辺境伯の語源

「辺境伯」はドイツ語「Markgraf」の訳語です。「Mark」は古高ドイツ語で「境界」「国境地帯」を意味し、現代英語の「mark(印)」と同語源です。「Graf」は「伯爵」を意味します。

フランク王国のカール大帝の時代(8世紀)に、イスラム勢力との境界であるスペイン辺境や、スラブ人との境界である東方辺境などに設置されました。

選帝侯の語源

「選帝侯」はドイツ語「Kurfürst」の訳語です。「Kur」は「選定・選択」を意味し、「Fürst」は「第一人者」から転じて「諸侯」を意味します。

厳密には「選帝侯」が選ぶのは「ローマ王(ドイツ王)」であり、皇帝ではありません。ただし、ローマ王がそのまま皇帝となることが慣例化したため、「選帝侯」と呼ばれるようになりました。

7選帝侯の顔ぶれ

1356年の金印勅書で定められた7人の選帝侯は以下の通りです。

聖界選帝侯(3人)

  • マインツ大司教 – 選帝侯の筆頭。ドイツ大書記官長を兼任
  • トリーア大司教 – ガリア・ブルグント大書記官長を兼任
  • ケルン大司教 – イタリア大書記官長を兼任

世俗選帝侯(4人)

  • ボヘミア王 – 献酌侍従長(杯を捧げる役)
  • ライン宮中伯(プファルツ選帝侯) – 大膳長官
  • ザクセン公 – 剣持ち侍従長
  • ブランデンブルク辺境伯 – 式部長官

ブランデンブルク辺境伯は選帝侯でもあり、「辺境伯」と「選帝侯」を両方持つ代表例です。後にプロイセン公国と合併し、プロイセン王国、さらにドイツ帝国の中心となりました。

ファンタジー作品での人気

「辺境伯」は近年のライトノベルやファンタジー作品で人気の称号となっています。「国境を守る強力な領主」「中央から離れた独立性の高い貴族」というイメージが、物語の舞台として魅力的だからでしょう。

一方「選帝侯」は、「皇帝を選ぶ権利を持つ」という独特の立場から、政治劇や宮廷陰謀を描く作品で登場することがあります。

なお、実際の歴史では辺境伯は「辺境の閑職」ではなく、皇帝の信任が必要な重要ポストでした。オーストリア辺境伯がハプスブルク帝国に、ブランデンブルク辺境伯がプロイセン王国に発展したように、辺境伯から大国が生まれた例も多くあります。

よくある質問

Q
辺境伯と伯爵はどちらが上?
A
辺境伯の方が上位です。名前に「伯」とありますが、国境防衛という重要任務を担い、公爵に匹敵する権限を持っていたため、一般の伯爵(Graf)より格上とされていました。五等爵に当てはめると侯爵相当です。
Q
選帝侯は7人だけ?
A
1356年の金印勅書では7人でしたが、その後変動があります。三十年戦争後の1648年にバイエルン公が加わり8人に、1692年にハノーファー公が加わり9人になりました。1806年の神聖ローマ帝国解体で選帝侯制度自体が消滅しました。
Q
辺境伯と侯爵の違いは?
A
同語源ですが、訳し分けられています。ドイツの「Markgraf」は国境防衛官としての実態を重視して「辺境伯」と訳し、フランス・イギリスの「Marquis」は五等爵の序列として「侯爵」と訳すのが一般的です。
Q
なぜハプスブルク家は選帝侯ではなかった?
A
金印勅書を出したカール4世がハプスブルク家を政敵とみなし、選帝侯から外したとされています。しかしハプスブルク家は選帝侯ではなくとも実力で勢力を拡大し、15世紀以降はほぼ皇帝位を独占するようになりました。