「伺う」は「聞く」「尋ねる」「訪問する」の謙譲語で、目上の人に対して使う敬語表現です。「窺う」は様子をそっと探る・時機を待つという意味で、敬語ではありません。語源は同じですが、現代では意味が異なるため使い分けが必要です。なお「窺う」は常用漢字外のため、新聞などでは「うかがう」とひらがなで表記されます。
| 項目 | 伺う | 窺う |
|---|---|---|
| 基本的な意味 | 聞く・尋ねる・訪問するの謙譲語 | 様子をそっと探る・時機を待つ |
| 敬語 | (謙譲語) | (敬語ではない) |
| 常用漢字 | (新聞ではひらがな表記) | |
| 使用場面 | ビジネス・目上の人への会話 | 観察・探り・機会をねらう場面 |
| 使用例 | お話を伺う、お宅に伺う | 様子を窺う、顔色を窺う |
「伺う」の意味と使い方
「伺う」は「聞く」「尋ねる」「訪問する」の謙譲語です。謙譲語とは、自分の動作をへりくだることで相手に敬意を示す敬語表現です。
ビジネスシーンや目上の人に対して使う場面が多く、日常的によく使われる敬語のひとつです。
「聞く・尋ねる」の謙譲語として
目上の人から話を聞くときや、質問するときに使います。「お話を伺う」「ご意見を伺う」「一点お伺いしたいのですが」などと使います。
「訪問する」の謙譲語として
目上の人の家や会社などを訪れるときに使います。「明日お伺いします」「午後3時に伺ってもよろしいでしょうか」などと使います。
- ご都合の良い日時を伺ってもよろしいですか。
- 先日の件について、改めて伺いたいことがございます。
- 明日の14時に御社へ伺います。
- お噂はかねがね伺っております。
- 上司に伺いを立ててから決めます。
「窺う」の意味と使い方
「窺う」は様子をそっと探ったり、時機が来るのを待ち受けたりすることを表します。敬語ではないため、ビジネスシーンでの敬語表現としては使えません。
なお「窺」は常用漢字ではないため、新聞などでは「うかがう」とひらがなで表記されます。
様子をそっと探る
ちょっとした変化も見逃すまいと観察することを表します。「相手の様子を窺う」「顔色を窺う」「動向を窺う」などと使います。
時機・チャンスを待つ
良いタイミングが来るのを待ち受けることを表します。「言い出す機会を窺う」「反撃のチャンスを窺う」などと使います。
察知する・推測する
「窺える」「窺われる」の形で、自然に察知できることを表します。「彼の覚悟が窺える」「努力の跡が窺われる」などと使います。
- 物陰から相手の様子を窺った。
- 上司の顔色を窺いながら話を切り出した。
- 言い出すタイミングを窺っている。
- 彼の誠意は態度から窺える。
- 首位奪還を窺う展開となった。
語源・由来
「伺う」と「窺う」は同じ語源から派生した言葉です。
もともと「うかがう」は「そっと様子を見る・探る」という意味でした。これが「目上の人の様子をうかがい見る」という使い方をされるうちに、相手への敬意を示す謙譲語として発展しました。
現代では、謙譲語として使う場合は「伺う」、様子を探る・時機を待つ意味で使う場合は「窺う」と漢字を使い分けます。ただし「窺う」は常用漢字外なので、一般的にはひらがなで「うかがう」と書くことが多いです。
間違いやすいケース
「伺う」と「窺う」は語源が同じで読み方も同じため、混同しやすい言葉です。以下のポイントを押さえておきましょう。
間違いやすい例
- 上司の顔色を伺う → (正しくは「窺う」または「うかがう」)
- チャンスを伺う → (正しくは「窺う」または「うかがう」)
- 明日そちらに窺います → (正しくは「伺います」)
正しい使い分け
- 敬語として使う(聞く・訪問する)→ 伺う
- 様子を探る・時機を待つ → 窺う(またはひらがな「うかがう」)
よくある質問
「様子をうかがう」はどちらの漢字を使う?
「様子を窺う」と書きます。「窺う」は様子をそっと探るという意味なので、こちらが正しい表記です。ただし「窺」は常用漢字外なので、「様子をうかがう」とひらがなで書いても問題ありません。
「お伺いします」と「伺います」どちらが正しい?
どちらも正しい表現です。「伺う」自体が謙譲語なので「伺います」で十分丁寧ですが、「お伺いします」とすることでより丁寧な印象になります。ただし「お伺いいたします」は二重敬語とされることもあるため、注意が必要です。
「窺う」と「覗う」の違いは?
どちらも「様子をそっと探る」という意味で、ほぼ同じです。「覗う」は「無断で見る」というニュアンスがやや強く、「小さな穴から外を覗う」のように使われることがあります。どちらも常用漢字外なので、一般的にはひらがなで書きます。
「顔色をうかがう」は良い意味?悪い意味?
一般的には「人の機嫌を気にしすぎる」というややネガティブなニュアンスで使われることが多いです。「人の顔色ばかり窺って生きている」のように、主体性がない様子を表すことがあります。ただし、状況を見極めるという中立的な意味で使われることもあります。