一言でまとめると、「太陽暦」は太陽の運行、「太陰暦」は月の満ち欠け、「太陰太陽暦」は両方を組み合わせた暦です。
現在世界で広く使われているグレゴリオ暦は太陽暦です。イスラム暦(ヒジュラ暦)は純粋な太陰暦で、季節とずれていくのが特徴です。日本で「旧暦」と呼ばれる暦は太陰太陽暦で、月の満ち欠けで日付を数えつつ、閏月を入れて季節とのずれを調整していました。
| 項目 | 太陽暦 | 太陰暦 | 太陰太陽暦 |
|---|---|---|---|
| 基本的な意味 | 太陽の運行を基準にした暦 | 月の満ち欠けのみを基準にした暦 | 月の満ち欠けを基準に、太陽の運行で季節を補正する暦 |
| 1年の長さ | 約365日 | 約354日 | 平年約354日、閏年約384日 |
| 季節との関係 | 一致する | 毎年約11日ずれる | おおむね一致する(±15日程度の変動あり) |
| 閏の方法 | 閏日(4年に1日追加) | 閏日(30年に11日追加) | 閏月(約3年に1か月追加) |
| 代表的な暦 | グレゴリオ暦 | ヒジュラ暦(イスラム暦) | 日本の旧暦、中国暦、ユダヤ暦 |
| 使用例 | 世界各国の公式暦 | イスラム圏の宗教行事 | 東アジアの伝統行事・旧正月 |
「太陽暦」の意味と使い方
太陽暦は、地球が太陽の周りを一周する時間(約365.2422日)を1年とする暦法です。「太陽」の運行に基づくため、暦の日付と季節がつねに一致します。
現在、世界のほとんどの国で公式に使われているグレゴリオ暦は太陽暦の一種です。1582年にローマ教皇グレゴリウス13世が、それまで使われていたユリウス暦を改めて制定しました。ユリウス暦では1年を365.25日として計算していたため、長い年月の間に暦と季節のずれが蓄積していたのです。
グレゴリオ暦の特徴は、閏年のルールが精密なことです。「4で割り切れる年は閏年」が基本ですが、「100で割り切れる年は閏年にしない」「ただし400で割り切れる年は閏年にする」という例外があります。これにより、400年間で97回の閏年を置き、1年の平均を365.2425日としています。この精度は非常に高く、約3200年で1日しかずれません。
日本がグレゴリオ暦を採用したのは明治6年(1873年)のことです。明治5年12月2日の翌日を明治6年1月1日とし、太陰太陽暦から切り替えました。
- 日本は明治時代に太陽暦を採用した。
- 古代エジプトでは、ナイル川の氾濫を予測するために太陽暦が発達した。
- 太陽暦では季節と日付がずれないため、農業に適している。
「太陰暦」の意味と使い方
太陰暦は、月の満ち欠け(朔望)の周期を基準にした暦法です。「太陰」とは月のことで、新月から次の新月までの約29.5日を1か月とします。12か月で1年とすると約354日となり、太陽暦の1年より約11日短くなります。
現在使われている純粋な太陰暦は、イスラム圏のヒジュラ暦(イスラム暦)だけです。ヒジュラ暦は閏月を設けないため、毎年約11日ずつ季節とずれていき、約33年で季節が一巡します。断食月であるラマダンが毎年異なる季節に訪れるのは、このためです。
イスラム暦が閏月を入れない理由には、宗教的な背景があります。預言者ムハンマドが「純粋な太陰暦を使わなければ過ちを招く」という趣旨の教えを残したとされ、閏月の挿入を禁じたことに由来します。それ以前のアラビアでは、太陰太陽暦が使われていましたが、閏月を恣意的に操作する問題があったとされています。
なお、日本で「太陰暦」「旧暦」と言うとき、実際には太陰太陽暦を指していることがほとんどです。純粋な太陰暦は日本では使われていなかったため、混同しないよう注意が必要です。
- イスラム暦は純粋な太陰暦であり、季節と月がずれていく。
- 太陰暦は月の満ち欠けと日付が一致するため、潮の干満の予測に便利だった。
- 古代メソポタミア文明では、太陰暦をもとに暦が作られた。
「太陰太陽暦」の意味と使い方
太陰太陽暦は、月の満ち欠けで日付を数えつつ、太陽の運行も考慮して季節とのずれを調整する暦法です。太陰暦と太陽暦の「いいとこ取り」とも言える仕組みで、古代から東アジアを中心に広く使われてきました。
太陰暦のままでは毎年約11日ずつ季節がずれてしまいます。太陰太陽暦ではこの問題を、閏月(うるうづき)を挿入することで解決しました。約3年に1回、1年を13か月にして暦と季節のずれを修正するのです。
閏月の挿入法として有名なのが「19年7閏」の法則です。19太陽年(約6939.6日)と235朔望月(約6939.7日)がほぼ等しいことを利用し、19年間に7回の閏月を入れます。この周期は、古代ギリシャの天文学者メトンの名から「メトン周期」と呼ばれていますが、中国でも古くから「章法」として知られていました。
日本で「旧暦」と呼ばれる暦はこの太陰太陽暦にあたり、明治5年まで公式に使用されていました。最後に使われていたのは天保暦(1844年〜1872年)です。現在でも、旧正月や七夕、お盆など、伝統的な行事の日付に旧暦が参照されることがあります。
- 中国の春節は太陰太陽暦に基づいて日付が決まる。
- 日本では明治5年まで太陰太陽暦が公式の暦として使われていた。
- 太陰太陽暦の閏月のおかげで、月の満ち欠けと季節の両方を暦に反映できた。
語源・由来
「太陽暦」「太陰暦」「太陰太陽暦」は、いずれも天体の名前がそのまま暦の名称になっています。
「太陽」は文字どおり太陽(日)のことで、「太陽暦」は太陽の運行に基づく暦を意味します。「太陰」は月の別名です。「陰」は太陽(陽)に対する月を指し、「太陰暦」は月の運行に基づく暦を表します。
「太陰太陽暦」は、「太陰暦」と「太陽暦」を組み合わせた名称で、月の満ち欠けと太陽の運行の両方を取り入れた暦であることを示しています。英語では “lunisolar calendar” と呼ばれ、やはり luna(月)と solar(太陽)の合成語です。
なお、暦を意味する「暦(こよみ)」は「日読み(かよみ)」が変化した言葉で、日を数えること・読むことが語源とされています。
日本の暦の変遷
日本では、飛鳥時代から明治初期まで約1200年にわたって太陰太陽暦が使われていました。最初に採用されたのは中国の元嘉暦(5世紀頃)で、その後何度も改暦を重ねています。
江戸時代の貞享暦(1685年)は、渋川春海が中国の授時暦を改良して作った日本初の独自の暦で、それまで約800年使われた宣明暦に代わるものでした。幕末には天保暦(1844年)に改暦され、これが日本で最後に使われた太陰太陽暦となりました。
明治政府は明治5年(1872年)11月9日に改暦を布告し、わずか23日後の12月3日を明治6年1月1日として太陽暦(グレゴリオ暦)に切り替えました。改暦の理由としては、欧米諸国との交流に合わせた国際標準化がありましたが、明治6年に閏月があるため13か月分の俸給支払いを避けたかったという財政的事情も指摘されています。
改暦後も農村部では旧暦が長く使われ続け、完全に太陽暦の生活が定着したのは昭和30年代(1960年頃)のことです。現在でも「旧正月」「旧盆」などの形で旧暦の名残が日本の暮らしに息づいています。
よくある質問
「旧暦」は太陰暦と太陰太陽暦のどちら?
日本の「旧暦」は太陰太陽暦です。月の満ち欠けで日付を数えつつ、閏月を入れて季節との調整を行っていました。「太陰暦」と呼ばれることもありますが、厳密にはイスラム暦のような純粋な太陰暦とは異なります。
太陰暦でラマダンの時期が毎年変わるのはなぜ?
イスラム暦(ヒジュラ暦)は純粋な太陰暦で、1年が約354日です。太陽暦より約11日短いため、ラマダン(第9月)は毎年約11日ずつ早まり、約33年で季節を一巡します。
太陰太陽暦の「閏月」とは?
閏月は、暦と季節のずれを修正するために挿入される余分な1か月です。太陰太陽暦では約3年に1回、1年を13か月にします。閏月が入ると「閏3月」「閏9月」のように、前の月名に「閏」を付けて呼びます。
グレゴリオ暦とユリウス暦は何が違う?
どちらも太陽暦ですが、閏年のルールが異なります。ユリウス暦は4年に1回必ず閏年を置くのに対し、グレゴリオ暦は「100で割れる年は平年、ただし400で割れる年は閏年」という例外があり、より精度が高くなっています。