「天動説」は地球が宇宙の中心にあり、太陽や惑星が地球の周りを回っているという説です。「地動説」は太陽が中心にあり、地球が他の惑星とともに太陽の周りを回っているという説です。現在では地動説が正しいことが科学的に証明されています。
| 項目 | 天動説 | 地動説 |
|---|---|---|
| 宇宙の中心 | 地球 | 太陽 |
| 地球の状態 | 静止している | 自転・公転している |
| 主な提唱者 | プトレマイオス(2世紀) | コペルニクス(16世紀) |
| 代表的な著書 | 『アルマゲスト』 | 『天球の回転について』 |
| 惑星の逆行の説明 | 周転円という複雑な理論 | 公転速度の差による見かけの動き |
| 支持された期間 | 約1400年間 | 16世紀以降〜現在 |
「天動説」の意味と使い方
「天動説」とは、地球が宇宙の中心に静止しており、太陽・月・惑星・恒星などすべての天体が地球の周りを回っているとする宇宙観です。英語では「geocentrism(地球中心説)」や「the Ptolemaic theory(プトレマイオス説)」と呼ばれます。
この説は2世紀ごろ、アレクサンドリアの天文学者プトレマイオスが著書『アルマゲスト(天文学大全)』で体系化しました。地球から見ると太陽や星が東から西へ動いているように見えるため、日常的な感覚に合致する説でした。
プトレマイオスは惑星が時折逆方向に動いて見える「逆行」という現象を説明するため、「周転円」という補助的な円軌道を導入しました。惑星は大きな円(従円)の上を回る小さな円(周転円)の上を動いているとする複雑な理論です。
天動説はキリスト教の世界観とも整合性が高く、中世ヨーロッパでは約1400年にわたり絶対的な真理として信じられていました。
- 天動説は約1400年もの間、西洋世界で支配的な宇宙観だった。
- プトレマイオスの天動説では、惑星の複雑な動きを周転円で説明していた。
- ガリレオは天動説に異を唱えたことで宗教裁判にかけられた。
「地動説」の意味と使い方
「地動説」とは、太陽が太陽系の中心にあり、地球は他の惑星とともに自転しながら太陽の周りを公転しているという学説です。英語では「heliocentrism(太陽中心説)」や「the Copernican theory(コペルニクス説)」と呼ばれます。
1543年、ポーランドの天文学者ニコラウス・コペルニクスが著書『天球の回転について』で体系的に提唱しました。コペルニクスは天動説の複雑さに疑問を持ち、太陽を中心に据えることで惑星の動きをより単純に説明できることを示しました。
地動説では、惑星の「逆行」を地球と他の惑星の公転速度の差による見かけ上の現象として説明します。これは周転円を必要とせず、はるかにシンプルな説明でした。
その後、ガリレオ・ガリレイの望遠鏡による観測、ケプラーの惑星運動の法則、ニュートンの万有引力の法則などにより、地動説は科学的に証明されていきました。
- コペルニクスの地動説は、科学革命の出発点となった。
- 地動説によって、惑星の逆行現象を単純に説明できるようになった。
- 「地動説」という日本語訳は、江戸時代後期の志筑忠雄が初めて用いた。
語源・由来
「天動説」は「天が動く説」、「地動説」は「地(地球)が動く説」という意味です。
これらの日本語訳を初めて用いたのは、江戸時代後期の蘭学者・志筑忠雄です。彼はコペルニクス説を「宇宙の中心がどこか」という問題ではなく、「大地(地球)が静止しているか、動いているか」という観点で捉え、「地動説」という訳語を作りました。
英語では、天動説は「geocentrism」(geo = 地球、centrism = 中心主義)、地動説は「heliocentrism」(helio = 太陽)と呼ばれ、どちらが「中心」かという点が強調されています。日本語訳では「何が動くか」に焦点を当てた表現になっている点が特徴的です。
歴史的な変遷
天動説と地動説の対立は、単なる科学理論の争いではなく、世界観・宗教観をも巻き込んだ大きな転換点でした。
天動説が支配的だった時代
紀元前4世紀、古代ギリシアの哲学者アリストテレスが地球中心の宇宙観を体系化しました。2世紀にはプトレマイオスが精密な観測データに基づいて天動説を完成させ、これが中世ヨーロッパの標準的な宇宙観となりました。
天動説はキリスト教の教義とも結びつき、「人間が住む地球が宇宙の中心」という考えは、神による天地創造の物語と整合するものとして支持されました。
地動説の登場と科学革命
1543年、コペルニクスが死の直前に『天球の回転について』を出版し、地動説を体系的に提唱しました。当初は大きな反響を呼びませんでしたが、17世紀に入るとガリレオが望遠鏡で木星の衛星や金星の満ち欠けを観測し、地動説を支持する証拠を次々と発見しました。
しかし、地動説は聖書の記述に反するとしてカトリック教会から弾圧を受けました。哲学者ジョルダーノ・ブルーノは火刑に処され、ガリレオも宗教裁判で有罪となり、自説を撤回させられました。
その後、ケプラーの惑星運動の法則やニュートンの万有引力の法則により、地動説は科学的に証明され、18世紀以降は広く受け入れられるようになりました。
「コペルニクス的転回」という表現
天動説から地動説への転換は、「コペルニクス的転回」という比喩表現を生み出しました。これは従来の常識や考え方が180度変わることを意味します。
ドイツの哲学者カントが自らの哲学的立場を説明する際にこの表現を用いたことで広まりました。現在では、あらゆる分野で「根本的な発想の転換」を表す言葉として使われています。
よくある質問
「天動説」と「地動説」、現在正しいのはどちら?
現在は地動説が正しいことが科学的に証明されています。地球は自転しながら太陽の周りを公転しており、年周視差や光行差などの観測でも確認されています。
「天動説」は完全に間違っていた?
プトレマイオスの天動説は当時の観測精度では十分に天体の動きを説明できており、暦の作成にも実用的でした。科学的な方法論としては優れたものでしたが、宇宙の実態とは異なっていたということです。
「地動説」を最初に唱えたのはコペルニクス?
古代ギリシアのアリスタルコス(紀元前3世紀)が既に太陽中心説を唱えていましたが、当時は受け入れられませんでした。コペルニクスは地動説を体系的な理論として再構築し、検証可能な形で提示した点で「地動説の創始者」とされています。
「コペルニクス的転回」とはどういう意味?
天動説から地動説への転換のように、従来の常識や考え方が根本的に覆されることを意味する比喩表現です。哲学者カントが用いたことで広まり、現在では様々な分野で「発想の大転換」を表す言葉として使われています。