「あの人、遅刻したくせに涼しい顔してる。確信犯だよね」
こんな使い方、あなたもしていませんか? 実はこの「確信犯」、約7割の人が本来とは違う意味で使っているという調査結果があります。
しかも本来の意味は、日常会話とはかけ離れた、テロリストや革命家の犯罪を指す法律用語だったのです。
「確信犯」の本来の意味
「確信犯」の本来の意味は、「政治的・宗教的・思想的な信念に基づき、自分の行為が正しいと確信して行う犯罪」です。
ポイントは「自分は正しいことをしている」と本気で信じている点。法律には違反していても、本人の中では「悪いこと」ではなく「正義の行い」なのです。
確信犯=「悪いとわかっていて行う」ではない
確信犯=「正しいと信じて行う」が本来の意味
確信犯の具体例
本来の意味での確信犯には、以下のような例があります。
- テロリズム:政治的信念に基づき、社会を変えるために行う犯罪行為
- 義賊:富める者から奪い、貧しい者に分け与える行為(鼠小僧など)
- 良心的兵役拒否:宗教的・思想的信念から軍務を拒否する行為
- 政治犯の亡命幇助:迫害される人を救うため、法に反して国外逃亡を助ける行為
- 安楽死への関与:患者を苦しみから救いたいという信念に基づく行為
いずれも、行為者は「法律が間違っている」「自分のしていることこそ正義だ」と本気で信じています。だからこそ「確信」犯なのです。
語源はドイツの法哲学者
「確信犯」という概念を提唱したのは、ドイツの法哲学者・刑法学者グスタフ・ラートブルフ(1878〜1949年)です。
ラートブルフは1923年の論文「確信犯罪者」(der Überzeugungsverbrecher)でこの概念を提示しました。ドイツ語の「Überzeugung」は「信念」「信条」を意味し、「Verbrechen」は「犯罪」を意味します。つまり「確信犯」とは「信念に基づく犯罪」という意味なのです。
なぜラートブルフはこの概念を提唱したのか
ラートブルフは1920年代のドイツで法務大臣も務めた人物です。彼が確信犯という概念を提唱した背景には、深い法哲学的な問題意識がありました。
通常の犯罪者は「悪いことだとわかっていて」犯罪を行います。だから刑罰による威嚇や矯正が効果を持ちます。しかし確信犯は「自分は正しい」と信じているため、刑罰の威嚇力や更生の効果が期待できません。
ラートブルフは、このような確信犯には通常の懲役刑ではなく「名誉拘禁」という特別な処遇を提唱しました。一般の犯罪者とは異なる扱いをすべきだと考えたのです。
「善意」「悪意」「業務」「社員」など、日常語と法律用語で意味が異なる言葉は他にもあります。「確信犯」もそうした言葉の一つといえるでしょう。
7割が「誤用」している——文化庁調査の結果
文化庁は「国語に関する世論調査」で、「確信犯」の意味について継続的に調査しています。
平成14年度(2002年)の調査結果
- 本来の意味「政治的・宗教的等の信念に基づいて正しいと信じてなされる行為・犯罪」…16.4%
- 新しい意味「悪いことであると分かっていながらなされる行為・犯罪」…57.6%
平成27年度(2015年)の調査結果
- 本来の意味…17.0%
- 新しい意味…69.4%
13年間で、誤用の割合は約58%から約70%に増加。本来の意味で理解している人はわずか2割以下という結果になりました。
なぜ意味が変わってしまったのか
文化庁は、誤用が広まった理由を次のように分析しています。
1. 「テロ」という言葉の普及
本来の確信犯に該当する行為は、現代では「テロ」「テロリズム」という言葉で表現されることが多くなりました。その結果、「確信犯」という言葉が本来の意味で使われる機会が減少したのです。
2. 字面からの誤解
「確信」=固く信じる、「犯」=ルールを破る、という字面から、「ルールを破ることを固く信じている」→「悪いとわかっていてやる」という解釈が生まれたと考えられています。
本来の「確信」は「自分の正しさを確信」という意味なのですが、「悪事であることを確信」と誤解されてしまったわけです。
3. 日常会話での使いやすさ
「悪いとわかっていてやる」という意味は、日常会話で使う機会が多くあります。一方、本来の意味である「政治的信念に基づく犯罪」は、日常ではほとんど話題になりません。使いやすい意味の方が広まっていったのです。
「故意犯」との違い
「悪いとわかっていてやる」という意味を表したい場合、正確には「故意犯」という言葉があります。
| 項目 | 確信犯(本来の意味) | 故意犯 |
|---|---|---|
| 行為者の認識 | 「自分は正しい」と信じている | 「悪いこと」だとわかっている |
| 動機 | 政治的・宗教的・思想的信念 | 私利私欲など様々 |
| 罪悪感 | なし(正義と確信) | あり(わかっていてやる) |
| 具体例 | テロ、義賊、良心的兵役拒否 | 窃盗、詐欺、殺人 |
日常会話で「確信犯」と言いたくなる場面の多くは、実は「故意犯」や「わざと」「意図的に」という表現が適切です。
辞書はどう対応しているか
言葉の変化を受けて、辞書も対応を進めています。
たとえばデジタル大辞泉では、本来の意味に加えて「《1から転じて》悪いことだとわかっていながら行われた犯罪や行為。また、その行為を行った人」という意味が記載されています。
ただし、この新しい意味は「1から転じて」という注記付きで、本来の意味とは区別されています。完全に正用として認められたわけではなく、「広まっている用法」として併記されている状態です。
新しい意味が辞書に載っているとはいえ、ビジネス文書や公式な場面で使うと「言葉を知らない人」と思われる可能性があります。特に年配の方や言葉に厳しい人との会話では注意が必要です。
結局、どう使えばいいのか
7割が誤用している現状を考えると、「確信犯」という言葉はコミュニケーションの観点から使いにくい言葉になっています。
言い換え表現
- 「悪いとわかっていてやる」と言いたいとき:故意に、わざと、意図的に
- 本来の意味で使いたいとき:思想犯、政治犯、信念に基づく犯罪
「彼女の遅刻は確信犯だ」と言いたい場面では、「彼女はわざと遅刻している」「意図的な遅刻だ」と言い換えた方が、誤解なく伝わります。
言葉の意味は変わっていく
「確信犯」の変遷は、言葉が時代とともに変化することを示す典型例です。
100年前にドイツの法哲学者が提唱した専門用語が、日本で全く違う意味で日常語として定着しつつある——これは言葉の面白さであり、同時に難しさでもあります。
大切なのは、本来の意味を知った上で、状況に応じて適切な言葉を選ぶことかもしれません。「確信犯」という言葉を使うときは、相手がどちらの意味で受け取るかを意識してみてください。