目次
  1. 「五輪」を生んだ新聞記者・川本信正
  2. 五輪マーク ── 5つの輪が意味するもの
  3. 宮本武蔵『五輪書』との意外な接点
  4. 中国語では「五輪」と言わない
  5. 書き言葉から話し言葉へ
  6. よくある質問

「パリ五輪」「ミラノ五輪」──ニュースや新聞で当たり前のように使われる「五輪」という言葉。英語の「Olympic」でも「オリンピック」の略でもない、日本独自の呼び名です。

なぜオリンピックが「五輪」になったのか。そこには、ある新聞記者の機転と、宮本武蔵、そして仏教思想が絡み合う意外なドラマがありました。

「五輪」を生んだ新聞記者・川本信正

「五輪」という言葉を最初に使ったのは、読売新聞よみうりしんぶんのスポーツ記者・川本信正(かわもと のぶまさ、1907〜1996)です。

6文字は新聞の見出しに長すぎた

1936年(昭和11年)、東京は1940年のオリンピック招致に名乗りを上げていました。川本はこの話題を連日報じていましたが、ひとつ困っていたことがありました。当時の表記「オリムピック」はカタカナ6文字。新聞の見出しに使うには長すぎたのです。

新聞の見出しには厳しい文字数制限があります。限られたスペースに情報を詰め込むため、できるだけ短い表現が求められていました。「国際運動大会」「国際運競」といった訳語も検討されましたが、どれもしっくりきません。

3つの偶然が重なった瞬間

転機は1936年7月のある日に訪れました。川本がたまたま読んでいた菊池寛きくちかんの随筆に、宮本武蔵の『五輪書』(ごりんのしょ)への言及がありました。

このとき、川本の頭の中で3つの要素が結びつきます。

  • オリンピックのシンボルマークが5つの輪であること
  • 「ゴリン」という音が「オリン(ピック)」に似ていること
  • 『五輪書』という日本人になじみ深い言葉が存在すること

こうして1936年7月25日、読売新聞の紙面に初めて「五輪」という見出しが登場しました。

補足

「五輪」の初出について、川本自身は著書の中で「昭和11年(1936年)のこと」と記しています。笹川スポーツ財団の調査でも、読売新聞1936年7月25日付の紙面が最も古い使用例として確認されています。

最初は「安っぽい」と批判された

しかし「五輪」はすぐに受け入れられたわけではありません。「五厘(ごりん)に通じて安っぽく感じる」という批判がありました。五厘とは1銭の半分、つまりごくわずかな金額を意味する言葉です。

それでも、見出しの簡潔さという実用的なメリットは大きく、朝日新聞が同年8月15日に、日本経済新聞も8月20日に使い始め、「五輪」は急速に新聞業界に広まっていきました。

五輪マーク ── 5つの輪が意味するもの

「五輪」の由来のひとつである五輪マーク(オリンピックシンボル)は、近代オリンピックの父と呼ばれるフランスのピエール・ド・クーベルタンPierre de Coubertinが考案したものです。

1914年、国際オリンピック委員会(IOC)の創設20周年記念式典で初めて披露され、1920年のアントワープ大会から正式に使用されるようになりました。

ポイント

5つの輪は世界5大陸の結合を象徴しています。青・黄・黒・緑・赤の5色は「どの色がどの大陸」という対応関係があるわけではなく、白い背景と合わせて「世界のほとんどの国旗を描ける色」として選ばれたとされています。

つまり「五輪」は、このシンボルの「5つの輪」をそのまま漢字に置き換えた表現というわけです。見出しとしてわずか2文字で「オリンピック」を表せる機能性と、視覚的にシンボルマークを連想させる巧みさを兼ね備えていました。

宮本武蔵『五輪書』との意外な接点

川本にインスピレーションを与えた『五輪書』は、江戸時代の剣豪・宮本武蔵が晩年に著した兵法書です。1643年から1645年にかけて、熊本の霊巌洞れいがんどうにこもって執筆されたとされています。

この書物は「地・水・火・風・空」の5巻で構成されています。この5つの要素は、仏教の「五大」(ごだい)と呼ばれる宇宙を構成する5つの要素に由来するものです。五重塔の各層がこの五大を表していることから、塔の形を「五輪」と呼ぶ日本の伝統がありました。

補足

武蔵自身は著書を「五巻」「地水火風空之五巻」と呼んでおり、『五輪書』という書名は後世に付けられたとする説もあります。いずれにしても「五輪」が日本文化に根づいた言葉だったからこそ、川本の造語がすんなりと定着したと言えるでしょう。

中国語では「五輪」と言わない

同じ漢字文化圏でも、中国語にはオリンピックを「五輪」と呼ぶ表現は存在しません

中国語では「奥林匹克运动会」(アオリンピークユンドンフイ)と音訳し、略して「奥运」(アオユン)や「奥运会」(アオユンフイ)と呼びます。シンボルマークの5つの輪に着目するのではなく、「Olympic」の音を漢字で写し取るアプローチです。

「五輪」は、「5つの輪」というシンボルの視覚的特徴と、『五輪書』という日本独自の文化的背景を結びつけた、まさに日本語ならではの言葉なのです。

書き言葉から話し言葉へ

「五輪」はもともと新聞の見出し用に作られた書き言葉でした。テレビが普及する以前の時代、スポーツニュースは新聞が主な情報源だったため、読者は紙面で繰り返し「五輪」を目にすることで、自然とこの言葉に親しんでいきました。

やがてテレビやラジオでも「東京五輪」「札幌五輪」のように使われるようになり、今では「パリ五輪」「ミラノ五輪」のように口語としても完全に定着しています。国語辞典にも収録されており、2019年にはIOC(国際オリンピック委員会)が日本で「五輪」を商標登録しました。

新聞の見出しから生まれたひとつの言葉が、90年近くの時を経て日本語に欠かせない存在になった──「五輪」は、日本語の造語力と柔軟性を物語る好例と言えるでしょう。

よくある質問

Q
「五輪」という言葉はいつ誕生した?
A
1936年(昭和11年)7月25日、読売新聞のスポーツ記者・川本信正が紙面の見出しで初めて使用しました。当時は1940年東京オリンピック招致の報道が盛んに行われていた時期です。
Q
五輪マークの5つの色はそれぞれ何を意味する?
A
青・黄・黒・緑・赤の5色は、特定の大陸との対応関係はありません。5つの輪は世界5大陸の結合を象徴しており、5色と白い背景を合わせると世界のほとんどの国旗を描けることから選ばれたとされています。
Q
中国語でオリンピックは何と言う?
A
「奥林匹克运动会」(アオリンピークユンドンフイ)が正式名称で、略して「奥运」(アオユン)や「奥运会」と呼ばれます。「五輪」は日本語だけの表現で、中国語では使われません。
佐藤文哉
この記事の監修者 佐藤文哉 編集長 / ライター歴15年