お弁当の定番おかず「きんぴらごぼう」。ごぼうを甘辛く炒めたこの料理、なぜ「きんぴら」と呼ぶのかご存知でしょうか。
実は「きんぴら」は漢字で「金平」と書き、あの昔話「金太郎」の息子の名前に由来しています。料理名が物語のヒーローから来ているとは、なんとも意外な話です。
金太郎の息子「坂田金平」とは
まず、金太郎について簡単におさらいしましょう。
「まさかりかついで金太郎〜」の童謡でおなじみの金太郎は、坂田金時(さかたのきんとき)という人物の幼名です。金太郎は成長して源頼光に仕え、大江山の酒呑童子退治で活躍した「頼光四天王」の一人として伝説に名を残しました。端午の節句に金太郎の人形を飾るのは、強くたくましい子に育ってほしいという願いが込められています。
では、その息子の坂田金平(さかたのきんぴら)とは何者でしょうか。
実は金平は、江戸時代に創作された架空の人物です。父・金時には実在したという記録がありますが、息子の金平は人形浄瑠璃の中で生まれたキャラクターなのです。
江戸を熱狂させた「金平浄瑠璃」
金平が登場するのは、江戸時代の明暦年間(1655年頃)に流行した「金平浄瑠璃」という人形劇です。
金平浄瑠璃は、江戸の和泉太夫(のちの桜井丹波少掾)と作者の岡清兵衛によって始められました。物語の舞台は、父・金時が活躍した時代から一世代後。源頼光の甥にあたる源頼義と、頼光四天王の息子たち「子四天王」が活躍するという設定です。
中でも坂田金平は、父親譲りの怪力と勇猛さで大活躍。化け物を次々と退治し、悪人をやっつける痛快なヒーローとして描かれました。
金平浄瑠璃の演出は非常に荒々しいものでした。二尺(約60cm)ばかりの鉄棒で拍子をとり、人形の首を引き抜いたり、張り物の岩をたたき割ったりと、人形が壊れるほどの激しさだったといいます。
この金平の人気は爆発的で、江戸から上方(京都・大阪)にまで広がりました。約40年にわたって流行し、後の歌舞伎にも影響を与えています。初代市川團十郎が創始した「荒事」という豪快な演技スタイルは、金平浄瑠璃の荒々しい人形の動きからヒントを得たとも言われています。
「金平」=「強いもの」の代名詞に
金平浄瑠璃の大流行により、江戸の人々の間で「金平」は「強いもの」「丈夫なもの」の代名詞となりました。
当時、さまざまな商品に「金平」の名が付けられました。
- 金平足袋(きんぴらたび):丈夫で破れにくい足袋
- 金平糊(きんぴらのり):接着力が強い糊
「金平」と名が付けば「強い」「丈夫」というイメージが伝わる、一種のブランドのような存在だったのです。
なぜ「きんぴらごぼう」と呼ばれるようになったのか
そして、この「金平」の名を冠した料理が「きんぴらごぼう」です。
きんぴらごぼうが作られるようになったのは、金平浄瑠璃が流行した後の元禄期(1688〜1704年)頃とされています。
では、なぜごぼう料理に「金平」の名が付いたのでしょうか。主に次のような理由が挙げられています。
- ごぼうのしっかりとした歯ごたえが、金平の強さを連想させた
- 唐辛子のピリッとした辛さが、金平の勇猛さに通じた
- ごぼうは精がつく食材とされ、食べると金平のように強くなれると考えられた
つまり、固くて辛い、パワフルな料理のイメージが、怪力ヒーロー・金平と重なったわけです。
別の説として、金平を演じる役者の髪型がごぼうの千切りに似ていたから、という説もあります。ただし、「金平足袋」「金平糊」など他の「金平○○」がすべて「強さ」を表していることから、この説は有力ではないとされています。
「きんぴら」は調理法の名前へ
最初は「きんぴらごぼう」だけを指していた「きんぴら」という言葉ですが、次第に調理法そのものを指す言葉へと変化していきました。
現在では、ごぼうに限らず、にんじん、れんこん、こんにゃく、ピーマンなど、細切りにした食材を甘辛く炒めた料理を広く「きんぴら」と呼びます。
農林水産省の「うちの郷土料理」によれば、昭和後半までは「ごぼうとにんじん」が定番でしたが、惣菜がスーパーなどで販売されるようになると、歯ごたえのある根菜類を甘辛く炒めたものも「きんぴら」と呼ばれるようになったそうです。
まとめ
- 「きんぴら」は漢字で「金平」、金太郎(坂田金時)の息子の名前
- 坂田金平は江戸時代の人形浄瑠璃で生まれた架空のヒーロー
- 怪力で勇猛な金平の人気から「金平=強いもの」の代名詞に
- ごぼうの歯ごたえと唐辛子の辛さを金平の強さに例えて命名された
何気なく食べている「きんぴらごぼう」の裏には、江戸時代の人々を熱狂させたヒーローの物語が隠れていました。お子さんに「きんぴらって何?」と聞かれたら、金太郎の息子の話をしてあげてください。きっと、いつものおかずが少し特別に見えるはずです。