目次
  1. 「マジ」は歌舞伎の楽屋言葉だった
  2. 「ヤバい」は江戸の裏社会で生まれた
  3. 「言葉の乱れ」批判は1000年前から続いている
  4. まとめ

「最近の若者は『マジ』とか『ヤバい』とか、言葉が乱れている」——そんな声を聞いたことはないでしょうか。

実はこの2つの言葉、江戸時代にはすでに使われていました。「マジ」は歌舞伎役者の楽屋言葉として、「ヤバい」は盗賊たちの隠語として。つまり、200年以上の歴史を持つ「由緒正しい日本語」なのです。

この記事では、若者言葉の代表格とされる「マジ」と「ヤバい」の意外な語源と歴史をひもときながら、「言葉の乱れ」について考えてみます。

「マジ」は歌舞伎の楽屋言葉だった

「マジ」という言葉が文献に登場する最古の例は、1781年に刊行された洒落本しゃれぼん『にゃんの事だ』です。この本の中に「気の毒そふなかほ付にてまじになり」という一節があり、現代とほぼ同じ「本気になる」という意味で使われています。

江戸時代の「マジ」は、主に芸人の楽屋言葉として使われていました。いわゆる「業界用語」です。歌舞伎の台本『当穐八幡祭できあきはちまんまつり』にも「ほんに男猫も抱いて見ぬ、まじな心を知りながら」というセリフが残っており、「本気の心」「真剣な気持ち」という意味で使われていたことがわかります。

「マジ」と「まじめ」、どちらが先?

一般的には「マジ」は「まじめ」の略語だと考えられています。しかし、興味深いことに「まじめ」という言葉も江戸時代に登場したものです。『日本国語大辞典』によれば、「まじめ」の最古の用例は1640年頃の『仁勢物語』で、「マジ」の用例(1781年)より約140年早いものの、どちらも江戸時代の言葉です。

一部の研究者からは、むしろ「マジ」という言葉が先にあり、「細め」「控えめ」のように程度を表す接尾語「め」がついて「まじめ」になったのではないか、という説も提唱されています。真相は定かではありませんが、少なくとも「マジ」が「最近できた若者言葉」ではないことは確かです。

補足

「マジ」が現代の若者言葉として再び注目されたのは1980年代のこと。「超」「マブい」などとともに流行し、漫画『めぞん一刻』では「本気」と書いて「マジ」と読ませる表現も使われました。

「ヤバい」は江戸の裏社会で生まれた

「ヤバい」という言葉も、江戸時代にはすでに存在していました。十返舎一九の滑稽本こっけいぼん『東海道中膝栗毛』(1802年〜)には「おどれら、やばなことはたらきくさるな」という一節があります。現代語に訳せば「お前ら、ヤバいことするな」という意味で、今とほとんど変わらない使い方です。

矢場やば

江戸時代、神社の境内や盛り場には「矢場」と呼ばれる射的場がありました。客は料金を払って弓矢で的を射る遊びを楽しんだのですが、一部の矢場では「矢場女」と呼ばれる女性が裏で売春を行っていました。そのため、矢場に出入りしていると役人に目をつけられる危険があり、「矢場に関わると危ない」という意味で「ヤバい」という言葉が生まれたとされています。

厄場やば

もう一つの説は、牢屋の看守を「厄場」と呼んでいたことに由来するというものです。盗賊などの犯罪者にとって、厄場(看守)は関わり合いたくない存在。捕まって囚人になった後も、悪いことをして厄場に見つかりそうになると、囚人同士で「やば」と教え合っていたといいます。

いずれの説にしても、「ヤバい」はもともと犯罪者やアウトローの間で使われていた隠語だったようです。そのため、現在でもテレビや新聞では使用を避ける傾向があります。

ポイント

「ヤバい」が「すごい」「最高」などポジティブな意味で使われるようになったのは1990年代以降のこと。本来の「危ない」という意味から、「心がドキドキする」という感覚が拡大解釈され、良い意味にも悪い意味にも使われるようになりました。

「言葉の乱れ」批判は1000年前から続いている

「最近の若者は言葉が乱れている」という批判は、実は大昔から繰り返されてきました。

平安時代に書かれた『枕草子』には、清少納言が当時の若者の言葉遣いを嘆く一節があります。「〜むとす」「〜んとす」という言い方を「〜むず」「〜んず」と言う若者について、「いとわろし(非常に悪い)」と批判しているのです。しかし皮肉なことに、清少納言が「乱れ」と批判した「むず」は、その後の中世日本語では正式な助動詞として定着しました。

言語学者の金田一春彦は、「日本語の乱れ」という考え方に異を唱えています。金田一によれば、「言葉の乱れ」とされるものの多くは実は戦前からあるもので、しかもその変化は表現の明快さや論理性を高める方向のものが多いといいます。

言語は本来的に変転・流転するものであり、ある時代で「乱れ」と見做されたものが一過性に終わらず、後世には定着することも多い。

Wikipedia「日本語の乱れ」より

文化庁が行った「国語に関する世論調査」(令和元年度)では、「国語が乱れていると思う」と答えた人が約7割に上りました。しかし同時に、「乱れていない」と答えた人の理由として最も多かったのは「言葉は時代によって変わるものだと思うから」(39.0%)でした。言葉の変化を「乱れ」ではなく「変化」として受け止める見方も、少しずつ広がっているようです。

まとめ

「マジ」も「ヤバい」も、200年以上の時を経て、今なお使われ続けています。江戸時代には楽屋言葉や犯罪者の隠語だったこれらの言葉が、現代では老若男女を問わず日常的に使われるようになりました。

もちろん、TPOに応じた言葉遣いは大切です。ビジネスの場や目上の人との会話で「マジっすか」「ヤバいっすね」と連発するのは避けた方がよいでしょう。しかし、これらの言葉を使う若者を見て「言葉が乱れている」と嘆く必要もないのかもしれません。

次に誰かが「最近の若者は言葉が乱れている」と言っていたら、こう教えてあげてください。

「その『マジ』と『ヤバい』、実は江戸時代から使われてるんですよ。マジで」

佐藤文哉
この記事の監修者 佐藤文哉 編集長 / ライター歴15年